大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和62年(ネ)1729号 判決

控訴人

東京高等検察庁検事長

前田宏

控訴人補助参加人

乙藤宏

右訴訟代理人弁護士

設楽作巳

右訴訟復代理人弁護士

河合怜

控訴人補助参加人

乙藤哲

右訴訟代理人弁護士

設楽作巳

被控訴人

甲野正

右訴訟代理人弁護士

小川恒治

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人(国庫)の負担とする。

事実

一  当事者の求めた裁判

(控訴人)

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人の本件訴を却下する。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

(被控訴人)

控訴棄却の判決。

二  当事者の主張及び証拠関係

当事者双方の事実上の陳述及び証拠関係は、次につけ加えるほか、原判決事実摘示並びに当審における記録中の書証目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

1  控訴人補助参加人乙藤宏

(一)  本件認知無効の訴は、請求権消滅後の訴であるから不適法である。

本件訴は、亡太郎が昭和四年四月一九日に被控訴人を認知したときから五七年、被控訴人が昭和二四年六月二五日甲野一郎と養子縁組をして右認知の事実を知り又は認知の無効を知り得たときから三七年、亡太郎が昭和三五年六月二四日に死亡してから二六年がそれぞれ経過した後に提起されたものである。

どのような形態の権利であれ、行使できるときから一定の期間これを行使せず放置しておくことにより一定期間経過後は権利の行使を許さないとするのが一般である。これが時効制度の存在する理由であり、一定の事実を前提として積み重ねられた社会生活を一挙に転覆することによつてもたらされる社会的混乱を可及的に回避しようとする政策的理由を基礎とするものである。

認知無効の訴については、本来時効制度はなじまないかもしれない。しかし、認知を有効として長年月積み重ねられた社会的実績が、認知無効が認容されることによつて転覆され、社会的混乱がもたらされることに変わりはなく、しかも被控訴人は、亡太郎が存命中に同人を相手方として認知無効の訴を提起することが十分可能であつたにも拘らず、長期間右訴を提起せずにいたのであるから、権利失効の原則の適用により本件訴の提起は許されないとするのが合理的である。

(二)  仮にそうでないとしても、本件訴は訴権の濫用にあたり不適法である。

被控訴人は、認知者である亡太郎の存命中及び被控訴人が真実の父と主張する亡次郎が生存中に認知無効の訴を提起することが可能であつた。太郎が死亡してから二六年、次郎が死亡してから二年が経過した。現在では太郎と被控訴人間に生物学的親子関係がないこと及び太郎がどのような意思で被控訴人を認知したのか、その反証を提出することは不可能である。被控訴人は、関係者の死亡後にことさら本訴の提起に及んだものであり、対立関係に立つ反対当事者の立証不能を意図した訴と評されてもやむをえないであろう。このような本件訴は訴権の濫用にあたり許されないというべきである。

2  被控訴人

控訴人補助参加人乙藤宏の権利失効及び訴権濫用の主張は争う。

理由

一当裁判所も被控訴人の本訴請求は理由があるものと判断する。その理由は、次につけ加えるほか、原判決理由説示のとおりであるから、ここにこれを引用する。

1  原判決書三枚目表二行目中「認知された者」から同八行目中「しない。」までを「まず、検察官を相手方とする本訴提起の許否について検討するに、認知無効の訴につき当事者の一方が死亡した場合に検察官を相手方としてこれを提起し追行することができる旨の規定は人事訴訟手続法に存しない(認知無効の訴に関する同法三二条三項において同法二条三項の規定を準用していない。)が、認知によつて生ずる親子関係に基づく諸関係は、当事者が死亡してもなお残存するから、身分関係の基本となる父子関係について戸籍に真実と異なる認知の記載がなされた場合には、認知者である父が死亡した後でも、生存する子その他の利害関係人にとつては、それによつて生じた法律上の紛争を解決するために身分関係の確定を求め、また、戸籍の記載を訂正して真実の身分関係を明らかにする利益と必要性が認められ、この点において認知無効の訴を人事訴訟手続法が当事者の一方が死亡した場合検察官を相手方として提起し得る旨定めている婚姻もしくは養子縁組の無効又は取消の訴や認知の訴(同法二条三項、二四条、二六条、二七条、三二条等)及び同法二条三項の類推適用が認められる親子関係存否確認の訴(最高裁昭和四三年(オ)第一七九号同四五年七月一五日大法廷判決・民集二四巻七号八六一頁参照)と区別する合理的理由は存しないから、子その他の利害関係人は、人事訴訟手続法二条三項を類推適用して検察官を相手方として認知無効の訴を提起し、その訴訟を追行することができるものと解するのが相当である。したがつて、控訴人の本案前の申立は理由がない。」に改め、同八行目の次に行をかえて「次に、控訴人補助参加人乙藤宏は、本件訴は権利失効の原則が適用され、また訴権の濫用にあたるから不適法である旨主張するので、この点について判断する。

被控訴人の本件訴は、前記のとおり、身分関係の基本となる父子関係の存否の確定を求め、身分関係を公証する機能を有する戸籍の記載の誤りを訂正して真実の身分関係に合致させる利益と必要性の認められるものであるところ、被控訴人を認知した太郎は、後記のとおり、昭和三五年六月二四日に死亡しており、本件訴は同人の死後二六年が経過した後に提起されたものではあるけれども、認知無効の訴については嫡出否認の訴や認知の訴におけるような出訴期間を制限した規定はなく、被控訴人がことさら対立当事者の立証不能を意図して関係者の死後に本訴を提起したとかその他本訴の提起が信義誠実の原則に反し、もしくは公序良俗に反するなど強度の反規範性を帯びていることを認めるに足る証拠はないから、本件訴をもつて権利失効の原則の適用があるとか訴権の濫用にあたるということはできない。したがつて、控訴人補助参加人乙藤宏の主張は理由がない。」を加える。

2  原判決書三枚目末行中「第八号証」の下に「、第一〇号証」を加え、同行から同裏一行目にかけて「昭和三年一月一六日」を「昭和二年一一月一二日」に改め、同二行目中「よつて」の下に「昭和三年一月一六日その」を、同三行目中「改名」の下に「、昭和三五年六月二四日死亡」を、同七行目中「第二三号証の三」の下に「第二四号証、第二五号証、乙第一号証」を、同四枚目表一行目中「あること」の下に「、訴外ハナが性関係を持つた右男性と亡太郎との関係及び亡太郎が被控訴人を認知した動機、理由は明らかでないこと、被控訴人出生後亡太郎と被控訴人との間に父子として何らの交流がなく、太郎がハナや被控訴人に対し生活費あるいは養育費を送金してきたこともなかつたこと」を加え、同四行目中「事実関係」を「身分関係」に改め、同行中「欠く」の下に「真実に反する」を加える。

二したがつて、被控訴人の本訴請求を認容した原判決は相当であつて、これが取消しを求める本件控訴は理由がない。

よつて、本件控訴を棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、八九条、人事訴訟手続法三二条、一七条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官舘忠彦 裁判官牧山市治 裁判官小野剛)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例